EIMEI教育グループ代表・川上大樹の著書『教えなければ子は育つ ― AIに負けない「考え抜く力」を授ける見守り術』より、毎日すこしずつお届けします(6/58)。
教えれば教えるほど考える力は奪われる
我々が教えない塾を目指す理由。 それは、逆説的ですが「教えれば教えるほど、生徒の考える力が奪われていく」という残酷な事実を痛感しているからです。
誤解しないでください。我々は、生徒がわからない問題を「教えないよ、自分でやりな」と冷たく断るだけの、最低な放置塾ではありません。生徒を伸ばすために、生徒自身に考えさせるために、「あえて、安易に教えない」という高等技術を使っているのです。
授業中、先生が素晴らしい解説を喋り続けているクラス。生徒は静かに聞いていますが、その目には力がありません。魂がここにないのです。 逆に、先生が必要以上は教えず、生徒たちが必死に問題と向き合い、辞書を引き、悩み、自分で問題と戦っているクラス。その生徒たちの目は、ギラギラと輝いています。 我々は、後者の環境を提供したいのです。
個別指導や家庭教師は特に注意
特に注意が必要なのは、個別指導や家庭教師です。先生1人に生徒1人という環境は、一見手厚いように見えますが、余白のない過保護になりやすいのです。
生徒がペンを止めた瞬間に、横から先生が気を使って「ここはね……」と囁く。 これでは、生徒は1秒たりとも考える必要がありません。悩む隙を与えてくれないのです。 生徒が沈黙しても、先生がその沈黙に耐えられずに(あるいは沈黙を悪いことだと思って)喋り出してしまう。また、「高いお金を払っているんだから、たくさん教わらないと損だ」という親御さんの無言のプレッシャーを感じて、講師が必要以上に喋りすぎてしまうこともあります。
個別指導こそ、意識的に余白を作らなければ、生徒はただ座っているだけのお客様になってしまいます。先生が横にいないと勉強できない子を量産する工場になってはいけないのです。
ヒントを出し、質問で返す
我々の塾では、講師に「安易に教えるな」と常に言っています。 その代わりに徹底しているのが、プロとしてのヒントの出し方と質問返しの技術です。
例えば英語の長文読解で躓いている生徒に対して。
× 悪い講師: 「この単語は『環境』って意味だよ。だからこの文の訳は『環境を守ることは大切だ』となるんだ。はい、書いて」(これでは生徒は辞書代わりの先生を使っただけです)
× 悪い講師: 「これは有名な『It is ~ to …』の構文だから、理屈はいいからそのまま暗記ね。テストに出るぞ」(思考停止の強要です)
○ 良い講師: 「この単語、前後の文脈からプラスの意味だと思う? マイナスの意味だと思う?」(推測力を働かせます)
○ 良い講師: 「この段落の主語はどれ? 動詞はどれ? 形容詞はどこにかかってる?」 (構造分析の視点を与えます)
このように、生徒が持っている知識を総動員させ、正解に近づくためのハシゴをかける。でも、最後の一段は登らせない。そして生徒が自力で登りきったとき、「あ! わかった!」という瞬間が訪れます。
この瞬間の快感、脳がスパークする感覚を味わわせること。これが、我々が目指す指導であり、「自学自伸」の原点なのです。
楽しいのはどっち?
想像してみてください。先ほどの悪い講師に指導されている場面を。一方的に答えを言われ、「はい書いて」「暗記して」と強要される時間。そこに楽しさはあるでしょうか? ありませんよね。ただの作業であり、苦行です。心を無にして嵐が過ぎるのを待つ時間です。
世の中には「勉強は苦しいものだ」「楽しみながら成績が伸びるわけがない」と思い込んでいる方も多いのですが、実は逆です。人間、少しでも楽しみや手応えを感じなければ、長く続けることなんてできません。苦痛なだけの努力は、いつか必ず破綻します。
では今度は、良い講師の例で自分が学習していると想像してみてください。「え? ここがヒント? ということは……あ、そうか! 謎が解けた!」 どうですか? クロスワードパズルが解けたときのような、知的な興奮や楽しさを少し感じませんか?
能動的に頭を使う学習は、一種のエンターテインメントであり、楽しみを生みます。逆に、受動的にやらされる学習はただの苦痛になります。
勉強が楽しいか、苦痛か。それは単なる好みの問題ではありません。どんな講師に教わるかで、その生徒がどこまで伸びるか、勉強を一生の友にできるか、一生の敵にしてしまうかが左右されるのです。だからこそ、我々講師の責任は重大であり、我々自身もまた、生徒を待つという修行を続けなければならないのです。
EIMEIグループ(エイメイ学院・明成個別・EIMEI予備校)では、この「自学自伸」の考え方で子どもたちの学びを見守っています。無料体験・ご相談はお気軽にどうぞ。
