ちょうどいい目標を見つけるコツ

EIMEI教育グループ代表・川上大樹の著書『教えなければ子は育つ ― AIに負けない「考え抜く力」を授ける見守り術』エビデンス増補版より、毎日すこしずつお届けします(10/26)。増補版では、中室牧子『「学力」の経済学』をはじめとする教育経済学の研究を各章に織り込みました。この連載では、増補版で新しく書き下ろした「根拠」の部分をお届けします。

お子さんの適正レベルを知っていますか?

テストや長期休暇の学習において、目標を掲げることが大切なのは言うまでもありません。しかし、多くの生徒(そして保護者の方)が、この目標の高さの設定を間違えています。

「高ければ高いほど良い」と思っている方、あるいは「達成できないと可哀想だから低くする」という方、どちらも正解ではありません。

目標設定において最も重要なのは、今の自分の実力から見て、適切な距離にあるかの一点に尽きます。

夢中になれるのは届きそうで届かない距離

よくある例えですが、馬の鼻先に人参をぶら下げる話をしましょう。馬を走らせたいとき、人参が遥か彼方、100メートル先に見えていたらどうでしょうか?

馬は賢いですから、「あんなの届くわけがない。走るだけ無駄だ」と判断して、一歩も動きません。全力疾走なんてするはずがありません。これは勉強で言えば、平均点50点の生徒に「次は100点取れ」と言うようなものです。最初から諦めてしまいます。

逆に、人参が口元すれすれ、簡単にパクっと食べられる位置にあったらどうでしょう? 馬は食べて終わりです。走りません。そしてお腹いっぱいになって動かなくなります。

これは、「とりあえず赤点を回避すればいいや」という低い目標設定と同じです。そこには成長もなければ、筋肉もつきません。

勉強も全く同じです。 目標は、今の力で必死に背伸びをして、ジャンプして、指先が触れるかどうかという絶妙な距離(ストレッチゾーン)に設定しなければなりません。

届きそうで届かない。でも、頑張れば届くかもしれない。だからこそ、それを掴み取ろうと必死で走るのです。この必死で走っている時間こそが、学力が伸びている期間なのです。

具体的な数値で言えば、今の実力の110%〜120%あたりがベストです。偏差値50の子なら55を。80点取れているなら90点を。

この心地よいストレスがかかる目標設定こそが、脳を最も活性化させるのです。

高すぎる目標がやる気を奪う

以前、こんなご家庭がありました。 平均点に届くかどうかの生徒に対して、保護者の方が「次のテストで学年1位以内に入ったら、最新のゲーム機を買ってあげる!」と約束したのです。

親御さんとしては、高価なご褒美を用意すれば、子どもが発奮すると思ったのでしょう。一見、強力なインセンティブに見えます。 実際、初回は子どもも「よーし! ゲームのためにやるぞ!」と必死に頑張るかもしれません。

しかし、結果は火を見るより明らか、惨敗です。基礎もままならない状態で、いきなりトップ層の争いに割り込むことなど不可能です。

現実的な階段を無視した目標設定は、失敗体験しか生みません。「頑張ったのにダメだった」「どうせ僕には無理なんだ」と思ってしまいます。次にまた高い目標を掲げられても、「どうせ無理だし」と、学習性無力感に陥ってしまいます。こうなると、立ち直らせるのに何倍もの時間がかかります。

お子さんが目標は立てるけれど一度も達成したことがなく、やる気が空回りしている場合は、目標設定が夢物語になっていないか見直してください。

まずは「平均点プラス10点」や「計算ミスをゼロにする」、あるいは「毎日ワークを2ページ進める」といった、行動ベースの目標でも構いません。「やった! できた!」という確実な成功体験を積ませることが先決です。小さな成功体験の積み重ねが、やがて大きな自信へと化けるのです。

ご褒美は「何に」「いつ」与えるかで結果が変わる

先ほどのゲーム機の例で、「やっぱりご褒美なんてダメなんだ」と結論づけないでください。問題はご褒美そのものではなく、その設計にあります。

この点について、米国で行われた大規模な実験があります。ハーバード大学のフライヤー教授が、米国のシカゴ、ダラス、ヒューストン、ニューヨーク、ワシントンDCの5都市で、約250校、小学2年生から中学3年生まで約3万6千人を対象に、総額9.4億円を投じて行ったご褒美実験です。

実験は大きく2種類に分かれていました。

Aグループ(アウトプットにご褒美)

「テストでよい点を取ったら」「通知表の成績が上がったら」ご褒美をあげます。

Bグループ(インプットにご褒美)

「本を1冊読んだら」「宿題を終えたら」「ちゃんと出席したら」ご褒美をあげます。

さて、学力が上がったのはどちらでしょうか。

直感的には、成績に直接ご褒美をつけるAのほうが効きそうです。ところが結果は逆でした。学力が上がったのはB、インプットにご褒美をもらった子どもたちのほうだったのです。とくに「本を読むこと」にご褒美をもらった子の学力上昇は顕著でした。一方、Aの子どもたちの学力は、まったく改善しませんでした。

どちらのグループの子も、同じように喜び、同じようにやる気を見せていたにもかかわらず、です。

なぜか。実験後のアンケートが、その理由をはっきり示しています。Aの子どもたちに「もっとご褒美をもらうには何をしたらいいと思う?」と尋ねると、ほぼ全員が「しっかり問題文を読む」「解答を見直す」といったテストの受け方のテクニックしか答えられなかったのです。「わからないところを先生に質問する」「授業をちゃんと聞く」といった、本質的に学力が上がる方法には、思考が及んでいませんでした。

つまり、こういうことです。

やる気はある。ご褒美も欲しい。でも、どうすれば点数が上がるのかが、本人にはわからない。

これは、私が面談室で何百回も見てきた光景そのものです。「次は頑張る」と本気で言っている子が、次のテストでも同じ点数を取ってくる。サボっているのではありません。何をすればいいかを知らないのです。

ここから導かれる、極めて重要な原則があります。

ご褒美は、「テストの点数」というアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」というインプットに対して与えなさい。

先ほど私が「行動ベースの目標でも構いません」と書いたのは、まさにこの理屈です。「平均点プラス10点」より「毎日ワークを2ページ」のほうが、子どもは動けます。何をすればいいかが、はっきりしているからです。

それでも点数にご褒美をつけたいなら

「でも、結果にこだわらせたい」という方もいるでしょう。その場合の抜け道も、研究で示されています。

ニューヨーク市立大学のロドリゲス准教授は、子どもの学習の面倒を見る指導者や先輩がそばにいる場合には、アウトプットにご褒美を与えても学力が改善することを発見しました。理由は明快で、その指導者が「点数を上げるには何をどうすればいいか」という具体的な道筋を示してくれるからです。

つまり、点数にご褒美をつけるなら、同時に「勉強のしかた」を教える人をつけなければ意味がないということです。ご褒美と一緒に丸投げするのが、いちばんまずいのです。

立派な目標の裏に隠れた本音

一方で、親が強制したわけでもないのに、子供自身が実力に見合わない高すぎる目標を掲げることがあります。「次は学年1位を取る!」「今は偏差値30だけど、〇〇高校(地域トップ校)に行く!」と。

親御さんや我々教師からすれば、「お、やる気があるな! すごいぞ!」と応援したくなる場面です。しかし、ここには注意が必要です。子どもはときに、達成が難しいのはわかっているのに、あえて高すぎる目標を掲げることがあるからです。

これは、高い志を持っているのではなく、実は逃避の一種です。心理学で「セルフ・ハンディキャッピング」と呼ばれる心の防衛反応に近いものです。

実力とかけ離れたキラキラした目標を掲げることで、周りからは「すごい!」「がんばれ!」と言われて、その瞬間は気持ちよくなります。努力をする前から、高い目標を口にするだけで称賛という報酬が得られるからです。

でも、心の奥底ではどうせ無理だとわかっています。もし達成できなくても、「まあ、元々高すぎる目標だったしね」「相手はトップ校だしね」と言い訳ができます。

つまり、本気でやって失敗して傷つくことから逃げているのです。はなから無理な目標にしておけば、失敗しても自分の能力のせいにはなりませんから。

こういう子に「夢はでっかく! その意気だ!」と無責任に煽ってはいけません。彼らに必要なのは、心地よい夢を見させることではなく、現実と向き合わせることです。

「その目標は素晴らしい。じゃあ、そのために今週は何をする? ワークを3周できるか?」と問いかけ、キラキラした目標を、現実的な行動計画へと引きずり下ろしてあげる(あるいは、適切な高さまで目標を修正させる)ことが、愛情ある介入です。

低すぎる目標で満足していませんか?

逆に、毎回のように目標を達成している子も要注意です。テストが返ってきて、「目標達成おめでとう! すごいね!」と手放しで褒めてはいけない場合があります。

なぜなら、その子が絶対に失敗しない安全圏にしか目標を置いていない可能性があるからです。失敗を極端に恐れるタイプや、プライドが高いタイプの子に見られる傾向です。

例えば、本来80点を取れる力がある子が、目標60点と書いていたらどうしますか?

70点を取って「目標クリア!」と喜んでいたら、成長の機会を損失しています。親御さんも「クリアしたからいいじゃない」と思ってはいけません。それは手抜きを見逃しているのと同じです。

もし、この子が目標90点を掲げて必死に努力し、結果が85点だったとしましょう。 目標は未達成です。数字上は失敗です。

しかし、60点を目指して70点を取ったときよりも、遥かに高い学力が身についています。そして「くやしい! あと5点だったのに!」という次へのエネルギーも生まれています。

楽をしてクリアできる目標に価値はありません。我々指導者や親が見るべきは、結果の達成・未達成という〇×だけではなく、その目標が本人の成長を促す適切な負荷をかけているかなのです。時には、達成できたことを褒めつつも、「君ならもっと上を目指せたんじゃないか?」と、次の人参を少し遠くに置く勇気も必要です。

そもそも、なぜ勉強するのか——世界一費用対効果の高い一言

目標の話をすると、必ずこの問いにぶつかります。

「そもそも、なんで勉強しなきゃいけないの?」

多くの親御さんが答えに窮する、あの質問です。「将来のためよ」「いい高校に行くためでしょ」。返してはみるものの、子どもには響いていない。私も塾の現場で、この問いを何千回とぶつけられてきました。

実は、この問いへの答え方こそが、世界でもっとも費用対効果の高い教育介入である可能性があります。

マサチューセッツ工科大学の貧困アクションラボという研究機関は、開発途上国で500を超える教育実験を行い、「同じ100ドルを使うなら、どの政策がいちばん学力を上げるか」を比較しました。少人数学級、教科書の配布、ノートパソコンの配布、子ども手当、奨学金、補習授業……。その膨大なランキングで、堂々の1位になった政策は何だったと思いますか。

「教育の収益率に対する情報提供」でした。

マダガスカルの640の小学校で行われた実験です。くじ引きで選ばれたグループの子どもと親(=処置群)に、家計調査のデータから算出した「教育を受けると生涯収入がどれだけ変わるか」という数字を、ただ伝えただけ。それだけです。

結果、たった5か月後に、その子たちの学力は、情報を伝えられなかった子たち(=対照群)より有意に高くなりました。しかもその効果は、テネシー州で2年間かけて実施された少人数学級よりも大きかったのです。

お金はほとんどかかりません。教材も、追加の講師も要りません。ただ、教育の経済的な価値を、正しく伝えただけです。

わが家で使える「1億円の話」

では、日本ではどう伝えればいいのか。私は、生徒たちにこう話しています。

「高校を卒業してすぐ働き始めた人と、大学を卒業してから働き始めた人。生涯で稼ぐお金には、だいたい1億円の差がある。

1億円だぞ。年末ジャンボ宝くじで1億円を当てる確率は1000万分の1だ。交通事故で亡くなる確率が1万分の1、飛行機事故に遭う確率が20万分の1と言われている中で、1000万分の1。ほぼ不可能と言っていい。

でもな。宝くじを買わなくても、大学に行けば、生涯で稼げるお金は1億円増えるんだ」

労働政策研究・研修機構の統計を見ると、高校卒と大学・大学院卒の生涯賃金の差は、実際におよそ1億円になります。この話をすると、教室の空気が変わります。

ただし、正確を期すために一つ付け加えます。この差の全部が「大学に行ったから」生まれたわけではありません。序章でお話ししたセレクション・バイアスです。大学に進む人は、もともと家庭の資源や学力に恵まれていることが多い。ですから、大学進学だけを取り出した純粋な因果効果は、この金額より小さくなります。

それでも、教育の経済的な価値の大きさを実感させるには十分な数字です。マダガスカルの実験で効いたのも、まさにこの「実感」でした。

ただし、使い方には注意してください。これは脅すための数字ではありません。「勉強しないと将来こうなるぞ」と使った瞬間に、効果は失われます。マダガスカルの実験で伝えられたのも、「教育を受けるとこれだけ得をする」というプラスの情報でした。

EIMEIグループ(エイメイ学院・明成個別・EIMEI予備校)では、この「自学自伸」の考え方で子どもたちの学びを見守っています。無料体験・ご相談はお気軽にどうぞ。

この記事を書いた人

HIRO 川上ヒロ先生